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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)4473号 判決 1966年12月17日

原告 清水武男

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 大滝亀代司

右同 寺嶋景作

被告 清水四郎左衛門

右訴訟代理人弁護士 大野好哉

右同 馬場敏郎

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告らに対し別紙第一物件目録記載の不動産につき東京法務局北出張所昭和三三年五月二日受附第一〇、七四一号を以ってなした所有権取得登記並びに別紙第二物件目録記載の不動産につき東京法務局北出張所右同年同月同日受附第一〇、七四三号を以ってなした所有権取得登記の各抹消登記手続をなせ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、別紙第一、第二物件目録記載の各不動産(以下「本件物件」と略称する。)は、もと訴外亡清水弥一郎(以下「亡弥一郎」と略称する。)の所有するものであったところ、同人は昭和三〇年七月七日死亡したので、相続が開始した。訴外清水くら(亡弥一郎の妻)、被告(亡弥一郎の長男)、原告清水武男(亡弥一郎の二男)、原告山上ま津(亡弥一郎の長女)、訴外矢作てる子(亡弥一郎の二女)、原告田島ハナ(亡弥一郎の三女)、訴外田中重子郎(亡弥一郎の三男亡田中義男の代襲相続人)、原告清水清(亡弥一郎の四男)、原告清水敏男(亡弥一郎の五男)、訴外神山茂子(亡弥一郎の四女)の一〇名は、その法定相続人である。

二、然るに被告は、「本件物件目録記載の各不動産は亡弥一郎が昭和三〇年二月一六日なした自筆遺言書によって、その所有権を取得したものである。」として、その遺言書に基き別紙第一物件目録記載のうち区劃整理合筆前の表示中(2)、(3)、(4)を除く各不動産につき東京法務局北出張所昭和三三年五月二日受附第一〇、七四一号を以って、また別紙第一物件目録記載のうち前記区劃整理合筆前の表示中(2)、(3)、(4)の各不動産及び別紙第二物件目録記載の各不動産につき前記出張所同日受附第一〇、七四三号を以ってそれぞれ所有権移転登記手続をなした。

三、然しながら被告は亡弥一郎の自筆遺言書を同人の死亡以来二年余にわたり故意に隠匿所持していたので民法第九六五条、第八九一条第五号により本件物件につき受遺者たる資格を欠く者であり、従ってその所有権を取得する事由がない。

すなわち、被告は前記遺言によって、亡弥一郎のほとんど全遺産に相当する本件物件を取得すれば後日原告らから遺留分の減殺請求を受けるおそれがあると考え、それよりは原告らに相続放棄をさせることにより本件物件を単独相続しようと企て、亡弥一郎の遺言書の存在とその内容を知っている前記清水くら及び神山茂子にはこれを原告らに口外することを禁じ、一方において相続放棄期間満了まぎわである昭和三〇年一〇月六日東京家庭裁判所に対し原告らの氏名、印鑑を冒用しその余の前記遺産相続人中遺産分割を主張する原告清水清を除く九名の名をもって相続放棄の申述期間伸長の申立(同庁昭和三〇年(家)第一〇、八二一号乃至第一〇、八二九号)をなし、結局原告らの相続放棄の承認を得ることができないと知るや同年一一月一七日右申立を取下げた。そして被告は止むを得ず、隠匿し続けた前記自筆遺言書によって本件物件を取得すべく、ようやく、昭和三二年八月一二日、東京家庭裁判所に対し同庁昭和三二年(家)第九、二二五号事件を以って遺言執行者選任の申立を、翌一三日、同裁判所に対し同庁昭和三二年(家)第九、二八八号事件をもって前記遺言書の検認の申立をなし、同年九月六日検認手続が完結すると同時に遺言執行者選任の審判を得、右遺言執行者弁護士大野好哉によって前記二のとおり本件につき所有権移転登記手続をなしたものである。

このように被告は悪らつな手段を講じ亡弥一郎の自筆遺言書を故意に隠匿したのであるから受遺者としての資格を欠く者である。

仮りに右主張が理由がないとするも、被告は前述のとおり遺贈による相続財産の取得の方法によらないことを決意し、結局遺産相続に関する手続で裁判所に対し相続放棄の申述期間伸長の申立をしたことにより遺贈の放棄をしたものである。

四、よって被告は前記遺言によって本件物件を取得する事由がないから相続回復請求権に基き請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

と述べ、

証拠≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、請求原因第一、二項の事実及び第三項のうち昭和三〇年一〇月六日東京家庭裁判所に対し原告清水清を除く相続人九名の名を以って相続放棄の申述期間伸長の申立書が提出されたこと、同年一一月一七日右申立は取下げられたこと、昭和三二年八月一二日東京家庭裁判所に対し亡弥一郎の自筆遺言書につき遺言執行者選任の申立が、翌一三日同庁に対し右遺言書の検認の申立がなされたこと、同年九月六日右検認手続が完結し同時に遺言執行者選任の審判があったこと、右遺言執行者弁護士大野好哉によって、原告ら主張のとおり本件物件につき所有権移転登記手続をなしたことは認める。その余の原告主張事実は否認する、と述べ、

証拠≪省略≫

理由

一、原告の請求原因第一、二項の事実のほか、昭和三〇年一〇月六日東京家庭裁判所に対し原告清水清を除く相続人九名の名を以って相続放棄の申述期間伸長の申立書が提出されたが同年一一月一七日右申立は取下げられたこと、昭和三二年八月一二日東京家庭裁判所に対し亡弥一郎の自筆遺言書につき遺言執行者選任の申立を、翌一三日同庁に対し右遺言書の検認の申立をなし、同年九月六日右遺言書の検認が完結し、同時に同庁において右遺言執行者の選任の審判があり、右遺言執行者大野好哉によって、原告主張のとおり本件物件につき所有権移転登記手続をなしたことは当事者間にいずれも争いがない。

二、≪証拠省略≫を綜合すると、被告は亡弥一郎から昭和三〇年二月一六日遺言状と題する自筆遺言書の交付を受けて以来、昭和三二年九月六日(東京家庭裁判所における右遺言書の検認期日)まで、原告らに右遺言書の内容を知らせたりすることなく被告自ら保管していたこと、被告が東京家庭裁判所に右遺言書の検認の申立をなすに至ったのは、昭和三二年八月頃、所轄税務署の係官から亡弥一郎の遺産の相続税納付の件で呼出され、右遺言状を持参して右係官に提示した際、係官より法律に明るい者に相談し所定の手続をとるよう指示されて、被告と同区内にいる大野好哉弁護士に相談したところ、右自筆遺言書については家庭裁判所の検認が必要であることを教えられ、早速前記のとおり東京家庭裁判所に対し遺言書検認の申立をなしたのであって、右大野弁護士に教えられるまで右手続を要することも知らないで右遺言状を保管していたこと、被告は右遺言により亡弥一郎のほとんど全財産にもひとしい本件物件を取得したのであるから、右遺言状により本件財産を取得することも、原告らに相続放棄して貰って本件財産を相続により取得することも同一であるとの単純な考えと、近所の農家で相続問題がおきた場合、長男が相続し他の相続人に放棄して貰っていること等を聞知していたことも手伝って、被告も近隣の場合と同様にしようと考え、豊島簡易裁判所構内の司法書士に相談したところ、右司法書士から相続放棄期間の満了期日が差し迫っているから遺産相続人全員の名で一応相続放棄の申述期間伸長の申立をしておいた方が良いと聞き、右期間も切迫しているからとりあえずそのようにしておいて後日了承を求めればよいという程度の気持で右司法書士に右申立書の作成を依頼し、昭和三〇年一〇月六日前記相続放棄の期間伸長の申立書が東京家庭裁判所に提出されたこと、前記遺言状は亡弥一郎のほとんど全財産にもひとしい本件物件を長男である被告に譲る旨の内容であって、しかも被告には原告らに相続の放棄をせしめることによって遺留分減殺請求権を封じ込めてしまうような法律知識もなく、亡弥一郎のほとんど全財産にもひとしい本件物件を長男である自分に帰属せしめるべき内容の遺言状を隠匿することにより利益をはかろうとするがごとき悪意のなかったこと、右相続放棄期間伸長申立事件は家事審判官の勧告により同年一一月一七日取下により終了したことが認められる。≪証拠判断省略≫

以上の事実によれば、被告が弥一郎の死亡後すみやかに家庭裁判所に対し遺言書検認の申立手続をとらなかったのは遺言書に関する被告の法律知識の不足によるものであり、且つその間に相続放棄の申述期間伸長の申立を原告らに承諾を得ずなしたのも、法律知識に乏しい被告が弁護士にも相談せず司法書士らの話をきいて、右書類の作成を右司法書士に依頼した結果によるものであり、また遺言書検認の申立が遅れたのも、被告は、右遺言状を保管中、昭和三二年ごろ、納税の件で税務署に呼出され、遺言状を示したところ、係官から、法律に明るい者に相談するように言われて、被告と同区内の大野好哉弁護士に相談した結果、遺言書の検認手続をしなければならないことがわかり、右検認申立をした事情にあること前記のとおりであって、本件では亡弥一郎の長男である被告に全財産を帰属せしめるべき内容の右遺言状をかくして被告が利益をはかろうとするがごとき故意があったとまでは考えられないから、本件では民法第九六五条により準用される第八九一条第五号の遺言書の隠匿者として受遺者たる欠格事由がある場合には該当しないというべきである。

次に原告の仮定的主張について判断する。特定遺贈の放棄は遺贈権利者から遺贈義務者に対し明示又は黙示の遺贈放棄の意思表示がなされることを要し、包括遺贈の放棄は家庭裁判所に遺贈放棄の申述を要すべきところ、本件で前記のごとき相続放棄の期間伸長の申立をしたこと自体をもって、たやすく特定遺贈の放棄或は包括遺贈の放棄と認めることはできないのみならず、被告が遺贈の放棄をなしたと認めるに足りる証拠はないから、右主張も採用できない。

三、そうすると原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文により原告らの負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山進 裁判官 奥平守男 根本隆)

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